とぅる〜す?
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書いてんの by 魂兄弟コンドヲ☆シュウ & さいか
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第4回 「浮気と本気」−その2−
シュウ [ 30 Apr 1999 21:46:00 ]

この企画とオレの距離って、運が悪けりゃ死ぬだけさ、ぐらいの距離かな。「死」てのはオレにとっては今晩パン喰うか、白米喰うか、はたまたパスタ喰うか、ぐらいのオプションのヒトツでしかないもん。あくまでも「オレ」にとっての「オレの死」は、ね。

そんな気持ちも無いのに、タダタダおもしろそうだから、そして、相手の顏が見えないから文責ソッチノケで毒ネタをタレ流す程、自分自身を高尚なモンとも思ってないし。そう思ってないからこそ生きてて楽しいし。

さてさて。さいかの言う通り、オレの違和感もソコにあった。

自分の気持ち、いや、そんな薄いモンじゃないな、「欲」だな、トニカク、その「欲」を表現する時に使う「浮気」だとか「本気」だとかは、結局ピロートークの一端でしかないような気はしてるんだけど、ソコにではなくて、「駄目・OK」の判断の基準が「?」なんよね。

つい何日か前の石田兄のコトバ、「でも、射精中心の性って、極論してしまうと要は「排泄」でしかないような気がする」てのに少しショックを受けたんよね。いや、意外、という意味のショックでなくて、うん、開眼、かな。

というのも、さいか曰くの「絶対的生殖行為対象者」という立場が釈然としない相手とのセックスって、ナニを基準にすれば良いのか良くワカラなかった。ドーノコーノとエラソウに言ってるけど、結局オマエもシタい時にシタい人とセックスしてるやないかっ、て声がドコカからか聞こえてきて。そこにキたのが「射精中心」というヒトツの基準。なるへそ。そーか。なんて妙に納得したもんな。

謎が全て解けたワケじゃないけど、少し楽になったのは確か。

少しオレ自身のコトは棚に上げさせてもらうけど、「射精中心のセックス」を排泄行為とすると、(男も女も)何人喰っただとか何本抜いただとかってのは、結局、ゴミの日(ウチの近辺では月・木)に隣近所の人と捨てる前のゴミ袋の口をホドいて道端にバババと広げそのゴミの量自慢し合ってるダケやん。ソレっておもろいか?

掲示板で「風俗は下水処理やゴミ収集と同じ」って言ったのは、そういうコト。

オレやさいかが「セックス」という時は、↑のような「排泄行為」は全て除く。その「排泄行為としての射精」の善し悪しについては、後でまた語るかもしれんけど。で、除いた上で「浮気・本気」についてアプローチするつもり。だって、そうでなきゃ、結局全部が全部「浮気」にもなるし「本気」にもなってしまうもの。さいか曰くの「エクスキューズ」の為のピロートークについてなんて語りたくナいもんな。それこそゴミの見せ合いやんか。

さて、「セックス」をある程度(でも、まだまだ不安定だけど)定義した上で、次にヒッカカってくるのが「絶対的生殖行為対象者」の「絶対的」かな。この「絶対」というキーワードが「行為」にカカるか「者」にカカるか、で随分違ってくる。さいかは最初は「行為」にカケながら、最後は「者」にカケてみて「?」を捻り出した。よね?すごい、と思ったよ。巧い、と思った。

つまり、「生殖行為対象者」と、「それ以外の異性(同性も、か)」の必要性かな。セックスの相方としての。でも、前者を本気、後者を浮気、と結び付けるのは、マダ早い。

「シュウはセックスは同時期に複数の人を欲っする?」だけど、うん、正直に、うん、と思う。「同時期」のスパンがどれくらいのクロックなのか、てのはホント人それぞれだと思うけど、その瞬間瞬間にマルチプルに重なって存在するワケでなく、トアル人とのトアル瞬間毎が混在している、といった方が良いかな。まぁ、言い訳ガマシい、って言えば、それまでなんだけど。

けど、セックスって回を重ねる毎に良くならないか?勿論人を換える毎、ていう意味でなくて、同じ人と何度も何度もするコトで、なんというかな、無駄が無くなってきて、ホント、「溶ける」っていうコトバが一番シックリくるような。

で(急だけど)、チョとズれるけど、生殖行為って、やっぱり対象が無いと湧かんのよね。ある日起きたら急に子供が欲しくなって、ての、ナいでしょ?そうじゃなくて、綺麗な人を見たり、良い香りがしたり、仕草がもうエモイワレぬトキメキを心に湧かせたり、思想や配慮に感動したり。でも、その人を「支配」するコトは(してはイケないという倫理概念でなく)出来ないから、せめて拙の精子と配合させては下さらぬか、という気持ちになるんじゃないのかな。

伏線。素敵な人って、沢山居るよね。いや、オレの思う、「素敵な人」だから、強要するツモリはナいけど、オレは正直に沢山居る。

さらに伏線。恋愛関係、っていうヒトツのカテゴリーにナンラカのカタチで終止符が打たれたからといって、でも、それはリセットではないよね。

比べてるワケじゃない。ていうか、その人その人ソレゾレの「オレが思うその人の素敵な部分」てのは、唯一無二なんだ。だから、欲っし終えれない。さらに、セックスの快楽に限定して言えば、回を重ねる毎にドンドン気持ち良くなっていくのも知っている。

例えば、朝、女の家で目が覚めて、昼休みの間に自宅に違う女が遊びに来ていて、夜は夜でフラフラと外に出て、んで、眠くなったら違う女の家に帰ってくような時代があったとしても、いや、今は無理スけど、うん、とても自然なスパンだったと思うよ。少なくとも同時期に、って意識は無かった。

ほらね。オレから見れば全部本気だけど、多分これを読んでる人の大半は「それは全部浮気だっ」って言うんじゃないかな。相方がどう思ってたかが聞けないのが残念だけど、少なくともオレにとってはオレの思う本気な姿で居るコトでその相方との距離感に安心してた。「彼氏」だとか「本気」だとかの看板は居らなかったな。極端な言い方すれば、おかんに堂々と今ナニしてるか言えるぐらいの気持ちで愛してた。いや、愛してる。

薄ら笑い浮べて、「そんなのひど〜いっ」って偽善者装うような第3者達の為に「本気で〜す」とか「彼氏で〜す」とかいう名札付けなアカんのやったら、オレはそんな名札はいらんし。

う〜ん。文字ばっかりを並べてるダケで、前へ進めてないような気がするなぁ。ヒトリヨガリな気もするし。

どうだろう。

さいかは前回では「それ以外」を否定するカタチで話してくれたけど、オレのようなカタチでの混在をどう思う?「浮気」と「本気」を比較検討するよりも、「本気」の本質を研磨した方が、より良い「?」が派生するような気がするんだけど。

オレの心情の根底にあるのは「本当にオレの満足する形でオレを愛せるのは結局オレだけだ」ってのがある。ソレは「誰もオレを完璧に愛せない」という気持ちを一旦産んで、さらに「誰が果して完璧に近いか」を見極めさせてくれるトコまで成長している。ヤヤコシィのはソレを計るモノサシが必ずしも一定の単位で区切られた一定の長さのモノでなくて、その対象ヒトリヒトリに対して全然違うんよね。

例ばかり、抽象ばかりで恐縮だけど、例えば満腹時に差し出された箱いっぱいのエクレアよりも空腹時に差し出された一片のリンゴの方がありがたい、というモノサシ。あ、ちなみにエクレアは大好物で、リンゴはアレルギーなのか匂い嗅ぐだけで鳥肌が立つオレの場合の例え、ね。

さいかの思う本気って、どう?本気ってナニ?浮気と比較するのではなく、その本質を聞かせて欲しい。「生殖行為対象者」に限ってもいいし。心の拠所と大きくカマえてもいいし。

もう少し「本気と浮気」について、特に「本気の本質」について考えてみたいな。


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