さいか [ 3 May 1999 05:25:51 ]
変な話だが、セックスと一緒で俺とシュウ兄のやり取りも、回数を重ねないと気持ち良くならないな、わはは。
読者にしても語っている俺達にしても重ねなければ見えてこないし、読めてこない、だから繰り返す。そうすると次第に読めるようになるし、見えるようになる・・・というか、なればいい。なれない人に解説編をつける器量もないし、というか解説を書いても、きっとそれも分からない。
ここに書いていることはエゴでもある。なんせ自分をマンマ書いている訳だから、そこにフィルターが無くなる時もあるし、他者への気遣いはない。
だって、書かれていることなんて、せせら笑うのも読者の自由だし、共感するも自由。ただ一つのレゾンテートルは、「書きたいから書く」ただ、それだけだからね。見たきゃ読め、見たくなかったら読むな、笑いたかったら笑え。それでも俺達は書くのだから。
さて、自分の日記にも書いたんだけど、明日から外出する。ここを一日二日の間、空けてしまう。これも踏まえて始めたのだから後悔はない。いや、無くすべく、思いのままにぶつけてシュウ兄に置き土産を置いて行こう。
こういう時は「たつ鳥、後を汚しまくり」が王道。
シュウ兄は偶数組みを希望したようだが、ヒネクレ者なのでご容赦を。綴る事もないが少しまとめたかった。
結局のところ、シュウ兄と俺の本質は似通っていると思う。言葉の違いはきっと様々な構成要素の違いでしかないだろう。言葉の端々に互いの「本質」に対する微妙な「?」が出ているのは、きっと核の部分にソレゾレのでっぱりがあって、其処が合致しないだけ。
シュウ兄の本気の本質は「向上心をキッカケにした生殖目的についてくるリスクとリターンの認識と覚悟」と最後にまとめていたが、俺にとっての本質は「セックスをしたいと思って、実際にするか、そして自然体で気遣えるか」
セックスの持つリスクとリターンを受け入れたからこそセックスをするわけだし、互いに互いの存在が負荷にならないで存在しあえる事。うーん、似てるような似てないような、考えるのはまだ時間があるし、ここで書く必要も無いだろうし、でも触れ合う部分が多いのは至極明快だと思う。
混在に関しては、結局核の保有数の問題。100入る箱があって、核の大きさが30のが3つとか、100のが1つという数学的処理は到底無理なことだろう。自分の中に不明瞭なサイズのエリアがあって、そこに核が入っている感じ。だから核が二つ有ることもあるし、3つあることもある。減ることも増えることもある。それでもエリアのサイズは規定ではないのだから、1つしか受け入れないことも、複数の核を所持することも、きっとどちらも真実なんでしょ。
俺が思うのは、自分勝手にエリアのサイズを決めないで欲しいという事かな、これは俺にも言える。もう核一個入ってるから一杯ですよ。というものでもない。かといって、減ったから補充しなきゃ、なんツーものでもない。それは常に自由なものでどちらも真実。でも、今持っている真実が真実でないことも真実。
新しい核が生まれない保証も、1つじゃ物足りない理由もあるようで、ない。
「本気」の混在は「ある」だろうし「ない」でもある。結局どちらも真実なんだ。これが俺の混在への解答。
「浮気と本気」に関しては、ここら辺が潮時になってしまいそう。至極残念なのは「浮気」が「本気」の対としてはイマイチだったことかな。結局「本気」だけを語ってしまったもの。「浮気」はまた機会を見つけて書ければ、と思うよ。来年できるかどうかはさておいて。あまりにも薄い答えだったのが納得できる反面、もう少し自分が変われば違う答えが見えるような気がしてモドカシイね、だから保留。
さて、次のテーマだが・・・閑話休題
今回はゴールデンウイークのみの執筆としているんだけど、結局GWって短い。書き始めると思う。まあ家にいない事もあるんだけど、考えたり、書ける自分に戻るための時間がかかる。ましてや、今回僅かながら空けてしまう可能性まで秘めていると、うーん・・・・ようは、シュウ兄に提案。5日までじゃなくて10日ないしは11日までにしないかい?なんか去年も聞いたような話だなぁ。
この申し出がOKが出るならありがたい。というか出る。・・・出るよね?
出ることを期待しつつ、本題。
どうも任されるのは苦手なんだよなぁ。今回思ったんだけど、並びって難しい。結構追いきれない時があるなあ、まあ若いし・・・って若さで逃げるような年でもないか。シュウ兄からの「1回と1分」というフリを掘り起こして見ることにする。並びではなく「繰り返しの差異」という視点で。
前々回になる俺の最後「セックスは回を重ねると気持ちが良くなる」について、シュウ兄は信頼関係という言葉を使っていた。うーん、それはとても分かりやすい。俺もそう思う。
セックスの精神的な快感は相手への依存が強く影響すると思う。それはまかせられるかどうかという事だ。ただ精液を出すだけとかはこれの枠ではない。
誤解されそうだけど、俺は射精行為を否定している訳ぢゃない。そんなもんオトコならしたくて当然、俺だってしたい ←ヲイヲイ。
そうじゃなくて、射精行為を単一で考える事に対して否定的なだけ。ようは出すだけだから(男にとっては)射精行為は誰としても気持ち良いという部分。残念だけど女性のそれは理解できない、女性じゃないからな。でも射精行為に近い性欲とか欲求の処理的なセックス(この場合は何行為?)があるとは思う。まあ、それは残念だが理解しきれない。
まちがいなく、射精行為は気持ち良いものだと思う。でもそれは精神的な快感や、互いが依存し合う精神状態でのセックスの良さをあまり知らないんじゃないかな?とも思ってしまう。
回を重ねると飽きると思う人もいるだろうし、新しい相手の方が刺激があると思うかもしれないが、俺はそれには大きくノーと言いたい。本気で好きな人と、互いに共鳴しあって依存しあう、俺の場合は自然体か、ならばセックスはその自然体が増す毎に気持ち良さが増幅されていく。
トロケル、包まれる、補う、補われる、支える、支えられる、繋がる、ヒトツニ成る。様々な感情が頭の中で明滅していく。下半身で受ける感覚と言うより脳内がトランスしていく感じだ。無駄な制御が外れて、相手と単一になるために必要な機能以外がオフになる。
俺やシュウ兄が射精行為をセックスと区切るのは、その両方を知って、その上で後者の成長するセックスが素敵なことだということを知ったからだと思う。
でも、成長するセックスって何なんだろう?
既に書いたように、相手への信頼が精神的な依存を産んで、それがセックスに反映されていく。これがシュウ兄のいう「1分の繰り返し」、一方で最初に触れた射精行為が「1回の繰り返し」これは別に相手を次々と変えることではない。同じ相手と繰り返したところで、互いに相手を信頼していないんだったら、それは「1回の繰り返し」でしかないんだから、
繰り返す事がOKかNGなのかは、この「差異」にあるんじゃないだろうか?
この繰り返しは最初から「1分の繰り返し」というわけにはいかない、当然最初は「1回の繰り返し」の場合も多分にあるだろうし。俺だってある。互いに依存できない状態なんてのは、珍しいケースじゃないよ。
でも、それはふとしたきっかけでシンクロする。つまり「1分の繰り返し」になるんだ。このシンクロには本気の資質もかかわってくる。また互いが互いに対して本気なのか、というのも重要なのかもしれない。ここはシュウ兄の「1回と1分」へのアプローチを聞いてもう1回書きたいね。
というわけで「繰り返しの差異」で。俺との誤差でもいいし、「1回の繰り返し」から「浮気」に戻ってもいい。もし書きたくてウズウズしてるようだったら、続けて書いてくれ。帰ってきたらバシッとついていくぜ。>シュウ兄
でわ、宜しく。こんな時にネットが繋げにくい場所に行く弟を許してくれ |
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