Magic meets magic


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その年、私は本橋氏が主役を務めるマジックショーの音響を手伝った。
彼が主催するマジックグループ「WHO」の最初で最後の活動となる文化祭の後夜祭でのショーステージだった。内容に関しては明確に覚えていないのだが、人体交換や破った紙の復活等を演じていた。

リハーサルを含めて多くの時間を彼のマジックショーに費やしていた。私自身は当時、マジックというものの知識はなく、彼が演じる演技がすべて彼の手によって考えられているものだと思っていたが、後年、彼の演技が他の多くのプロマジシャンの演技を模倣しているものだと知るのだが、それもまた一興だろう。高校三年生が考えられるマジックではなかったと、冷静になってみれば考えられたのだが。

このリハーサルの過程で、私のマジックに対する興味は日増しに深くなっていく。
もともと、私自身は将来、舞台に携わりたいと思っていた。

演じるということへの欲求
モノを作り出すということへの欲求
創造され実行されるものを支えるという欲求

当時の私は、夢の集約が未完成の状態だった。一口に舞台がやりたいと言っても、それは演じたいし、脚本もやりたいし、音響も、照明も、すべてを意のままにしたいという壮大なものだった。
もし、私が演劇を本格的に目指していたら・・・もしかしたら私は脚本・主演・監督自演の一人芝居しか出来ない人間になっていたかもしれない。

そこでこのマジックに出会ったのである。
ステージマジックだけではなく、テーブルで行われるカードやコインを用いたクロースアップマジックというものも含め、マジックはこれらの要素が一人に集約する。
演技をするのは自分であり、その演技のストーリーを考えるのも自分である、演出も自分で考えて、必要であれば曲をかけることも、照明を使うことも、自分で考えなければいけないのである。そして、そうして組み立てた演技を、テーブルの上で、また舞台の上で演じる。これは私にとっては苦痛ではなく、まさに快感にも等しい行為だった。

私はここに、マジックをマスターしたいという欲求が花開くのである。

とはいえ、
最初の頃は皆目見当がつかない。
本屋に行き、「マジック入門」のような本を買い漁り、時には図書館へ行き、そこにあるマジックの本をコピーした。おもちゃ屋でトランプを購入して、本に書かれている文章を頼りに勉強し、保科に習う事も忘れなかった。最初の頃はどこにでもいるマジック好きの若者だった。

その内、デパートなどのマジックショップに行くようになり、そこでマジック道具を買うようになる。とはいえデパートのマジック売り場にあるようなものといえば、国内最大のマジックグッズメーカー、テンヨーの製品が大半であり、その多くはステージマジックに使用するものだった。テーブルで行うものはプラスチック製の一つの道具で一つのマジックしかできないものであり、私自身はそういうものへの憧れが薄かった。

一組のカードで無限の演技が生み出される。

私はマジックを始めた当初から、何も仕掛けのないトランプに技術をプラスすることで無限の演技が生まれるという点で、マジックへの興味が高かった。だから、デパートのマジック売り場には大きな興味は沸かなかったのである。しかし、私の行くことが出来るマジックに精通する場所はデパートしかなかった。

ある日の事である。

いつものように、渋谷の東急東横店へ赴いた時である。
マジック売り場に見知らぬ青年が立っていた。どうやらバイトの人のようである。とても異質な格好をしていた。確かにマジシャンっぽいのではあるのだが、どうみてもデパートの店員ではない、そんな印象が記憶されている。

彼は私と同い年で、そしてマジシャンであった。同い年ということもあり私達は会話も盛り上ったのだが・・・デパートには閉店時間というものがある。

「そろそろデパートも終わりですね。それじゃあ・・・」

私がそういってその場を離れようとした時である。

「斎木くんは、この後暇?もし暇だったらこれから専門ショップにお邪魔するんだけど、一緒に行かない?」

と彼は私を誘ってくれた。
思えば、この誘いを受けたことが私の本当の意味でのプロマジシャンへの一歩であり、 人生の分岐点だったような気がする。

「ああ、まあどうせ暇だし、興味あるから行きたいですね。なんていうお店なんですか」

「すぐ近くにある店なんだけど、ウイザードインっていうんだ」

私の中で、木の看板がカランと鳴った。

続く・・・→


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