アメリカ・ロスアンジェルス、ハリウッドスターの手形や足型があることで有名なチャイニーズシアターはハリウッドブルーバードという通りに面している。ロスアンジェルスを地図で見たときに、上の方である。ビバリーヒルズの右隣というトコロか。他に有名な物といえば、ハリウッドボールが思いつく。
そのチャイニーズシアターの一本裏側の通りに、なんとも不釣合いに聳え立つ古城がある。
多くのマジシャンにとって聖地であり、一度は訪れてみたい場所として、マジックキャッスルは顕在している。これは今も昔も変わっていないと思われる。まだまだ、その素晴らしさを知らない世代や人種がいるにせよ、マジックキャッスルを正攻法で楽しんだ人たちに聞けば、口をそろえて「素晴らしかった。また行きたい」という言葉しか返ってこないものである。
このマジックキャッスルは会員制をとっている。会員、とりわけマジシャンとして登録される正会員になる為にはいくつもの条件をクリアーして、初めてなれるのである。
21歳の誕生日を過ぎた1995年1月、私はマジックキャッスルの正会員、つまりメンバーシップを取得するために渡米を果たした。今回の目的は自分自身のメンバーシップの取得と共に、3月前に出す予定だったレクチャーノートに掲載する内容の最終執筆のため、2週間程度のアメリカ旅行だった。
実際には紆余曲折、様々な作業を経て私はマジックキャッスルのメンバーシップを取得、マジシャンとしてメンバーになった者しか手に入れることの出来ない金色のメンバーバッジを手にすることが出来た。
取得後、初めて出向いたマジックキャッスルでこのメンバーである事と、そうでない事の差を垣間見ることになるとは思わなかった。
ステージのマジックショーを見るために列に並んで待っていた私が、手持ちぶさたにカードで遊んでいると、列に並んでいた人が声をかけてきた。
「もしよかったら、マジックを見せてもらえますか?」
実は、これまでにも何度かマジックキャッスルに来て、同じように並びながらカードを持っていたことはあったのだが、こうして話し掛けられてマジックを見せてもらいたいと言われたのは初めてだった。初体験に緊張しながらも、私はアンビシャスカードを彼らに見せて、拍手と賛辞を頂いた。
興味本位で、「何故、声をかけてくれたのですか?カードを持っていたからですか?」と尋ねると、彼らの返答は「メンバーだから」というものであった。
マジックキャッスルのメンバーとなったマジシャンには、一つの義務がある。それはマジックキャッスルにいる以上、自分自身がショースケジュールに組み込まれていなくても、マジックキャッスルに来ている客を満足させるという至極明快な義務だ。私のマジックを見て喜んでくれた彼らを見て、一瞬、背中に何かが走った。おそらくこれがマジックキャッスルのレギュラーメンバーである事を痛烈に意識した瞬間だったのかもしれない。
私は、この渡米した初日にアルフォンソの自宅に電話をした。渡米前から、自分がマジックキャッスルのレギュラーメンバーになる。という事を最初に報告したかった相手であるアルフォンソ。初日にホテルに着くと同時に電話した事は今でも覚えている。
最初に電話した時は、留守電だった。
私は決して英語が苦手ではないが、得意な訳でもない。相手とのコミュニケーションがあるという前提で何とか言葉をつなげて会話を成立させるくらいのことは出来るのだが、留守電に、相手に明確に伝わるようにメッセージを残す。しかも突然に、なんていう状況で出来てしまうほどの器量はなかった。
何もメッセージをいれずに電話をおもむろに切る。そして、紙とペンを用意して、彼に伝えたい内容を書き出した。こうでもしないと伝えられなかったのである。
30分ほどで文章をすべて英語にして、あらためて彼の自宅に電話をかけた、
「Hello, This is Alfonso speaking.」
留守電とばかり思っていて本人が出ると、心臓が止まりそうだ。
動揺しながらも、私は彼にメンバーシップを取るために渡米した事を伝えた。そして、滞在中に会う約束を交わす。実際にあったのはメンバーシップを取得した後だった。
夜のマジックキャッスルでアルフォンソと待ち合わせをする。彼はほぼ定刻どおりに私の目の前に姿を表した。久しぶりの再会で会話を交わす。そして、会話はいつしかマジックの話が中心となっていった。相変わらずの高いレベルのマジックを見せてくれると共に、彼は私にマジックを見せるように薦めた。昔の自分だったら萎縮したかもしれないが、自分で思うよりも積極的に私は彼にマジックを見せていった。
あるマジックを終えた後だった。アルフォンソは私にこう言った。
「君と初めて日本で会った時から、君は私の良い友達であった。しかし、今は友達であると同時にマジシャンの仲間であり、何よりライバルである。そう思えるくらい君は成長している。
君からメンバーになったと聞いた時、私はてっきりアマチュア(プロマジシャンとしてではなく)会員になったと思ったのだが、そう思ったことを詫びるよ」
プロマジシャンとして活動を始めてから、おそらく一番嬉しい瞬間であった。今まで認められていなかったという事よりも嬉しさだけが今でも心に残っている。無論、実際に同等なんていうのは恐れ多い話ではあるのだが・・・
彼はその言葉に続けて話始めた。
「同じ仲間として、今のマジックには面白いアイデアがあるのだが」
といって、マジックにアドバイスをしてくれた。そのアドバイスは非常に賢くも技術的にも簡単ではなかったのだが・・・
実はこの時、私が見せたマジックはあの成田に向かう時の電車の中で、私が彼に見せたマジックだった。けどその時、彼から出てきた言葉は「Good」の一言だけだった。
自分のマジシャンとしての歴史を追っていった時に、アマチュアとプロマジシャンの境目がきっと何処かにある。そう思って、思い返してみると、心の中にあるはっきりとした境界線はおそらく、あのマジックキャッスルの夜だったに違いない。それは事実としての境界線ではなく、自分自身にとっての境界線、
プロフェッショナルである事を見つけた夜。