Magic meets magic


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第六章
そういえば、いつの頃からだろう −一人の少年との接点−


そういえば・・・いつ頃からだろう? こうして書き出そうと思い、その接点をひたすらに遡っていくとある場所で途切れてしまう。そして、途切れた記憶を放置したまま、また記憶を遡れば、次にやってくる記憶は残念ながら、まったくの他人である私と彼との関係だった。

しばらく、昔を思い出すように書いていればきっと思い出すに違いない。そう思い、筆を進める。

17歳でマジックを始めた頃、私の周りには幸運にもマジックをしている人が多かった。学校ではクラスメイトのH氏はマジックを趣味にしていた。彼なしに私のマジシャン人生を語る事はできない。またH氏の友人にも一人マジックを趣味としているK氏という人がいた。ちょうどそのときは先輩に本橋氏もいて、私のマジシャンとしてのきっかけでもあり、その後の影響を与えた人物である。
自分の学校の中に3人もマジックを趣味にしている人がいたというのは、あまりにも幸運な事だったに違いない。

18歳になり、最上級生になる頃には、これも幸運な事に、学校に認められマジシャンの為の奇術同好会の設立にこじつけた。私とH氏、K氏の3人で設立に向け動いたのだが、クラスメイトも巻き込んでいった。 気が付けば、高校3年生の夏前には3年生8名、2年生3名、1年生3名の14名という大所帯になっていた。設立して半年足らずでここまでなったのは・・・まあ各部から吸い上げたせいか。 生徒会で文化部部長という名前だけは大層立派だが、仕事も何もない役職についていて、その地位を利用したかしないか・・・今はもう覚えていない話ではあるが、予算会でも大暴れして、設立1年目の同好会とは思えない予算も学校からひねり出した。こうして日記を書きながら思い出しても、当時のその予算で何を買ったか覚えていない。その頃は冗談半分で「スーパーファミコンを買う」と息巻いていたのは覚えているのだが・・・もしかしたら、本当に実行に移したのだろうか?今となっては謎の残る記憶だ。

こうして学校の中でマジックをする環境、知人関係は多くいたのだが、それでも刺激として弱かったのは、私自身が卒業した後にプロのマジシャンを目指す事を既に心に決めていたからだろうか。趣味で良しとする周囲の仲間との隔たりというか意識のギャップは感じざるをえなかった。

・・・そう、その頃に出会っているのだ。いや、出会ったのはもっと昔かも知れない。ただ、彼との仲は共にプロのマジシャンになる事を志、ともに同じ場所で勉強していたからこそ急速に近づいていったのだろう。

不思議な縁もあった。もともと恵比寿に住んでいた私は高校1年の秋に引越しをした。場所は高校まで自転車で15分程度の距離。彼はその私の家から歩いて5分もかからない場所に住んでいた。なんとも小さくも大きい偶然だった。

まだある。後に転校してしまうのだが、私の弟が引っ越しにあわせて入った中学校に彼の弟も通っていたのだ。聞けば知り合いだという。兄同士も知り合いで、弟同士も知り合いだというのだ、まあ縁は異なものとよく言うが、まさしく絵に書いたような「縁は異なもの」だろう。いまどき、漫画でも三流ドラマにも登場しないようなシチュエーションである。どうせ偶然を重ねるのなら、相手は男性ではなく女性にするくらいの配慮があってもいいじゃないかと思うのだが、神様も中途半端な偶然を用意したものだ。

環境、場所、そしてウイザードインという接点。プロマジシャンを目指す二人が共に刺激しあう仲になるのにはそう長い時間はかからなかった。ウイザードインに11時頃までいた後に、私の家に遊びに来てさらにマジックの練習をしたり語り合ったり。マジックのビデオも良く見ていた。

今では大会に出ているマジシャンの多くが行っているビデオを撮影してのマジックのチェックも、その頃すでに私の家で行っている。Tシャツ姿の若々しい彼が一生懸命コインアセンブリやウイングドシルバーを練習している映像は、今でも私のビデオライブラリーの一角を飾っている。そういえば、この頃からコインマジックに対する執着はすごかったのだなぁと思い出す。

気が付けば、出会ってからもう10年にもなるのかと、「2000」と刻印されたカレンダーを見て懐かしくもなる。それこそ、まるで昨日のような程、鮮やかな記憶の一つとして、彼の集中すると半開きになってしまう口が残っていて、今でも彼の顔を見ると苦笑してしまう事があるのだが、今の彼にそれは失礼にあたるだろう。

マジシャンとしては気が付けば二人とも名前が変わったなあと思う。私は「斎木」と呼ばれる事が多いが、「さいか」という名前もここ1年で浸透してきた。彼はもう何年も新しい名前で呼ばれている。本名を知らない人もいるだろう。

今、彼を本名で呼ぶのは、冗談で私が呼ぶくらいだろう。

思い返すと、彼はその前もアダナで呼ばれていたか・・・「少年」と。


少年こと緒川誠、今の緒川集人と出会ったのは、もう10年も前の記憶になる。

続く・・・


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