思えば、大分昔のことになる。
・・・齢三十にも成らぬうちに、昔を語るようになるのも何かと思いながら、十代の頃に比べれば私自身、色々な衰えを感じてしまう今日このごろ、それは単に年を重ねたという理由ではなく、単に不精をしていた、に他ならない。
マジックショップとして、ウイザードインが起こしたムーブメントは数々ある。あくまでも独立独歩で柳田氏が起こしたグループは他の団体との確執などもあったのかもしれないが、それでも時代の中で注目されるに値するものだったのだろう。
私から見た、当時のマジックの団体というのは一種、言い方を変えれば、長崎・出島の集合体のようなものだった。
それぞれに、それぞれの文化を島の中で形成している。売っているものは海の向こうから入ってくる南蛮渡来の品々と、島の中で作り出した南蛮渡来の応用品や、技術を利用したもの。まあ、中には独自の技術もあったに違いない。鎖国化における長崎の出島は、一箇所しかなかったが、マジックの場合はちと様子が違う。そんな出島がいくつもあるのだ、それぞれの島は一部を除いて交流がない。南蛮渡来の品々も同じ海の向こうから仕入れているが、それを幾らで売るかは島によって異なる。どこも総じて言えたのは「高い」という事なのだが。
出島に来る日本人は、至極限られた人たちだった。選ばれた民とでも言えばいいのだろうか、経由経路は違うものの、それぞれの出島に対して何らかのつながりがなければ快くは受け入れてもらえないものだった。
ウイザードインという出島もまた、一つの鎖国された世界だった。他とどうこう比べるべきものではないが、その視野は他のマジックショップや団体よりも一般に向けられていたと今でも思う。従前のマジックの団体が総じてメインにすえていた客は、マジックのマニアだった。マジックは道具ありきという旧態然の考え方は、ショップにお金を持っている人こそ上客であり、大切にすべきという、悪しき慣習を植え付けた。
結果として、某マジックショップでは十代のまったく知り合いのいない青年がシンブルを一個買おうと行けば、煙たそうな顔つきで、投げつけるように売る輩が出てくるのだ。これは嘘でも何でもない。私が経験した事だ。
ウイザードインはマジックショップとしてのスタイルは他と基本的に変わらないと思う。違った事は商品の説明や実演は、他のどこのマジックショップよりも積極的に行っていた。それはそれぞれのマジックアイテムやレクチャーノートに載っているマジックに自信があり、口頭で演技を誇張して解説する必要がなかったからに相違ない。
もう一つは、海外からの輸入した商品が他のショップに比べて安かった。全ての商品がそうだったかは分からない。商品によっては他のマジックショップの方が優れた輸入ルートを持っていた事もあったに違いないからだ。だから、これは私の個人的感想に過ぎないかもしれない。でも、当時の海外から輸入した商品は、どう考えても私の知る範囲ではウイザードインが最も安かったと記憶している。
以前、友人から他の店で「ウイザードインは海外からの商品にとんでもない値段を付けてぼったくっている」という話を某ショップの店員から聞いたと言われた。私自身、そういう話は興味深く、そのマジックショップに出向いて、同じ商品を見たのだが、ぼったくっているのはどっちだったんだろう。仮に、ウイザードインがぼったくっているとしたら、そのマジックショップを表現するには、どうすべきか回答に悩む。
”超”ぼったくってる、とでも言うのだろうか。
もう一つ、他よりも優れていたのは若手の集まる場所だったという事だ。これは今でもそんなに変わっていないと思う。今も昔も、ウイザードインが進んでいる道は「マジックの発展」だと思っている。目先の収入だけでなく、将来的にマジックが発展していくためにどうすべきか、どうあるべきかを視野にいれた活動が根底にあるのではなかろうか。
若手の育成や、テレビなどでの活動はそれらの地盤固めともいえる。実際に、今から10年以上前から、今日そしてこれから先に向けての若手を鍛えるという行動は永続されてきた。だからこそ、小林恵子さんや緒川集人といった、一番最初に育成された人たちが、今、更なる後進の育英ができているのである。
これが単なる目先を追いつづけていたら、きっと今ごろ皆は上手くなっているかもしれないが、随分と結束力のない、たんなる上手いマジシャン(もしくは手品師)の集合体になっていたかもしれない。
話が逸れすぎて、何処に戻せばいいか分からなくなってしまった。
今日と違い、10年前は国内のマジックアイテムは発展途上の段階だった。国内のアイテムといえば、それぞれのマジックショップで作ってはいるものの、海外から輸入したグッズに頼っている現状があった。テンヨーや日本奇術連盟のようなデパート系は除いての話である。
海外から輸入されるマジックアイテムにはいくつかのパターンがあった。 一つは、人気のある商品、たとえばハーフダラーやフラッシュペーパーなど、ロングセラー的に取り扱われる商品、これらは海外のショップから輸入されるケースも珍しくない。もう一つは、日本からマジシャンが海外に行ったときに、ショップなどで直接買い付ける方法だ。ウイザードインでは年に数回、海外渡航が行われていて、アメリカ帰りのウイザードインには品物が溢れかえることもしばしばだった。仕入れられる商品は、その大半がいくつもの在庫を持って入ってくるのだが、中には一品物があった。金額が高くて仕入れてこなかったり、実際に向こうのお店に一点しかなかったり。そういったものは、早いもの勝ちでもあるし、それがお客さんのニーズにあわなければ仕入れて来た人の見た手違いという事になる。
今か9年前。一つの商品が柳田氏によってウイザードインに持ち込まれた。その商品は非常に面白いアイテムで、欲しいと思わせる商品だったのだが、とにかく高かった。アメリカ帰りの初日、大勢のお客さんがウイザードインを訪れたのだが、その商品は売れなかった。おりしも冬の寒い日の事である。
結局、そのまま時が過ぎていきマジックの大会の時期を目前に控えた。その商品は大会のブースに並べられる事になったのだ。「斎木、やり方覚えておいてくれ。実演する事になるだろうから」
缶コーラの人体切断。その商品はまだ誰のものでもなかったのだ。