Magic meets magic


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 大会前、たしか一週間くらい前だったろうか。柳田氏は北千住の「OZ」で私と、私の缶コーラを前にして、語りだした。

 氏が私に与えたアドバイスはいたって簡単なものだった。まず1枚のカードを観客に選んでもらい、そのカードを覚えてもらう。覚えてもらった後、そのカードはサインをしてもらい、観客から見える場所に置いておく。そして、前から演じているプレゼンを行うのだ。そうアシスタントの話を。

 この演技は曲を使って演じるのだが、当時はクロースアップのコンテストで曲を使うようになる初期の頃で比較的珍しかったものだ。そのまま缶コーラの胴体切断の演技を見せる。最後に缶コーラが元に戻った後、先ほどのカードの表を見てみると、そのカードの表はコカコーラの缶の一部を切り取ったような柄になっている。

 元に戻った缶コーラ、この缶コーラの裏側を見せると、そこにはサインされたカードがくっついている

 という演技だった。

 今、思い出してみても良い手順だと思う。技術的にも比較的簡単でどちらかというと演技自体に集中しやすいルーティンだ。当時の私の技術を充分に加味した、持ち味を最大限引き出す事のできるルーティンといえるだろう。このアイデアの概略を聞いてから、私は練習に没頭した。

 そもそも練習が嫌いなのだが、マジックをはじめて今日まで10年以上の歳月が経っているが、あんなに練習したのは後にも先にも、あの時だけだったような気がする。いや、本当はそんなことではいけないのだが・・・

 この練習は前日の深夜まで続いた。できる限りやって、悔いのないように。それがおそらく自分が出来る事だったのだろう。

 そして、当日を迎えた。

 当日、まず目に入ったのは栃木氏だった。彼は大仰な道具と衣装をもってやってきた。本人曰く「毎回戦、衣装を変えようと思って」という事だった。当時、すでにプロマジシャンとして営業活動を含め、活発に活動していた栃木氏ならではの演出と言えるだろう。私はその姿をみて若干ビビったのも、また事実だった。 とはいうもの、戦わなければいけない。今でも覚えているのだが、あの時のプレッシャーは5本の指に入るほどの高い重圧だったと思う。負けてはいけないというプレッシャーではなく、何ともいえないプレッシャーだった。

 自分が納得し満足し、そして観客に感動を与えられるか・・・本番前はいつも不安になる。

 この頃から私は演技前にプレッシャーを受けると「観客のための演技」を何度も復唱するくせがついている。このときも、そして後に起きるマジックキャッスルのステージでの演技前も、私はいつもこの呪文を唱えているのである。一回戦、私の演技がはじまった。

 正直な話でいうと、当時の演技はまったく覚えていない。まだ大会のビデオなどもとったりとらなかったりの時代なので、もう演技自体を見ることは出来ないと思われる。覚えているのは演技をはじめる前の拍手と、演技が終わった後の拍手だけだった。

 栃木氏の演技も終わり、他の試合の演技が後に続く。かくいう私はといえば演技が終わった時点で既に精魂尽き果てていた。すべての試合を終えて、回収作業が続く。そして集計

 集計を終えて発表に入った柳田氏は笑顔だった。あの人の笑顔は決して信用ならない、良しにせよ悪しきにせよ、発表する前の柳田氏はいつも笑顔だ。 「それでは発表します。一回戦・・・」 一つずつ結果が発表され、その都度起きる拍手とどよめき。そして勝者の声なき雄たけび。トーナメントには何ともいえない緊張感が常にまとわれている。 そして、私の番がきた。 「勝者・・・斎木 創!」

 その言葉と共に会場はどよめきに包まれたのである。そして拍手が後からやってくる。それもそのはず、前回大会の優勝者が一回戦で敗れたのである。私は、うっすらと涙をうかべてしまった。それくらい嬉しい勝利だった。

 さて、勝ったら次が待っている。そして劇的な勝利は常に流れを産み出すものであった。

 二回戦の田中直基氏、そしてブロック決勝の無敵王という二人にも勝つことが出来た。いまだから言うが、実際に私が用意して練習していたのは、一回戦のマジックだけだった。それ以降はすべてその場で急いで考えたマジックだった。こうして私はブロック決勝を勝ち抜き、ブロック優勝を果たす事ができたのである。

 最後に待っていたCDブロックの決勝では緒川集人に9票差で負けてしまうのだが、私自身は色々な意味で満足していた。いや、悔しい事は悔しかったのだが、それは次の目標にすればいいという気持ちになったのだ。この出来事以降、私のマジックの歴史の中には時折、缶コーラの胴体切断が出てくる。そしてそれが私の成功の鍵ともなるのであった。

 千載一遇。

 柳田氏というマジシャンに出会ったと同じか、それ以上に。私があの時にこのマジックに出会えたことは、私がマジシャンとして存在する重要な出来事だったのだ。

  この缶コーラの胴体切断は、今も私のマジック道具の中に、しっかりと保管されている。

続く・・・


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