金 20 9月 2002
マジックを演じる際に、重要な要素として語るべきは「沈黙」であろう。
演技の最中に言葉を発しない、すなわち「黙る」ということは大きな効果と多大なリスクを背負うものであるということは、多かれ少なかれ気が付くことである。
この効果とリスクは実は同じ効用から生まれるものである。それは喋らないことによって、観客は演技者の動きに集中するというものだ。さて、それが何故、効果とリスクを生み出すのだろうか。
まずは、リスクから説明していこう。
沈黙のリスクを説明するにあたって、もっとも分かりやすい例は、カード当てなどで、観客にカードへサインをしてもらう時がある。「それではカードの表にサインしていただけますか」と発すると、観客がカードにサインしてもらっている間はマジシャンが黙っているケースがある。この間、観客は何もすることがない、つまり手持ちぶたさになってしまうわけだ。演技者を見ても黙っているだけで、何もしていないし、しいていえばサインしているを黙ってみているという状態だ。これは観客に集中してもらうべきポイントではない。
私はこのような状態を「マジックにおける放送事故」と呼んでいる。
サインをしてもらうという行為は大事だが、それは観客に見せる必要のない部分でもある。サインしてもらっている間に、詰めるべきプレゼンテーションは多い。例えば、サインしてもらった後に、プレゼン的な要素を含む台詞を用意しているのであれば、その一部、もしくはそれに繋がるような枕をサインをしてもらっている間に話してもいいだろう。
他にも、手順の都合上、トップから複数枚のカードをブレークしなければならないときに、カードを指先で数える場合、多くのマジシャンはその瞬間、台詞が無くなる。台詞が無くなるわけだから、観客はマジシャンの動きに注目する。すると、そのマジシャンはカードを手前から覗き込みながら、指先を細かく動かしている。これはいけない。
このような状態も「マジックにおける放送事故」と呼ぶ。
これらの例を読んで、ピンと来るものはあっただろうか。これ以外にも多くのケースが存在している。すなわち、沈黙がマジシャンの演技に対して悪影響を及ぼすケースだ。
私はこれらの過ちを少なくするために自身に「3秒ルール」なる制約を設けている。これは意図的な沈黙でない限り、3秒以上の沈黙は避けるというものだ。通常の演技(ここでの通常というのは居酒屋などで見せるマジック)の場合、これは5秒ルールに変化し、ショーなどの場合は1秒ルールになる。これは状況に応じ、沈黙を意図的に作るケースが多くなればなるほど、秒数が短くなるのである。この辺は理論でもお話することにしよう。
このルールを念頭におくと、演技の手順処理時やサインをしてもらうなど、何もしないときでも自然と言葉で埋められるようになる。この考え方はラジオの技法を用いており、ラジオでは言葉だけで放送を維持するために、沈黙を作ることはすなわち放送事故になるのである。一般的にラジオにおける沈黙が許されるのは3秒までとなっており、私の3秒ルールもここから来ている。
一方で、沈黙による効果があることも見逃すことはできない。
沈黙は使い方によって、集中だけではなく緊張を生み出すこともできる。例えばもっとも重要な現象を起こす前に、演技者が印象的な台詞と共に黙ると、観客はその現象が起きるであろう場所に対して集中し、緊張する。そして、現象もしくはマジシャンの台詞によって緩和されるのである。これが演技における緊張と緩和である。
たとえば、2枚のカードを重ねて持ち、それをテーブルの上にあるグラスの真上にもってくる。そこからコインが出現し、グラスの中に落ちる。このような現象があったとしよう。
この演技をマジシャンが何かをしゃべりながら行い、そのしゃべっている間にコインが出現すれば、それは不意に起きる現象であり、観客に驚きを提供できる。しかし、コインの出現はマジシャンの台詞にかぶるのであるから、現象自体への集中度は低いため、次へ繋がるマジックとして捉えられるだろう。
これを、マジシャンが会話をしているなかで、会話をとめ、カードをすっとグラスの上にもっていき視線をカードに向ける。一呼吸おいてグラスの中にコインが落ちれば、ここには集が生まれ、それがグラスに落ちるコインの音によって緩和される。
文章では理解し難いものがあるが、この2つの現象は、見た印象が大きく違うことはご理解いただけるだろうか。
時にマジシャンは観客に現象への集中を促すために、沈黙を用いる方がより良い場合がある。無論、沈黙による集中は観客に対して効果的であると共に、僅かな疲労感を与えることになる。そのため、演技の中に数多く用いることは逆効果になる場合もある。効果的なポイントで使うことで、その効果は倍増するということを覚えておいていただきたい。
まさに沈黙は「金」なのである。
沈黙は同じ効用において、リスクと効果をもつ。これはクロースアップマジックにおいて重要な要素である。ステージマジックにも同様の考え方があるのだが、これはステージマジシャンに語ってもらうべきことであろう。私が語るべきポイントはここまでである。