マジックを形成するものは何ですか?と質問すると・・・

・ショーマンシップ
・プレゼンテーション
・テクニック
・オリジナリティ

と答える人がいる。これはこれで正解としておこう。ここでいうマジックはもっと具体的に一つのマジックの演技を構成するものの話で、それは

・マジシャン

まあ、これは冗談。まあ、これもいなければ始まらない。

・観客

これも冗談。いやしかし、練習などでは観客がいないがマジックは成立しているか。・・・いかん、話がどんどん逸れていきそうだ。一つの現象を仕分けすると以下のような分け方になる。これは全てのマジックに存在する要素ではない。

・台詞
・音楽
・技術
・道具
・タネや仕掛け

なぜ、全てのマジックに存在する要素ではない。と言ったかといえば、音楽などはある場合とない場合があるし、タネや仕掛けもそうだ。ノーマルなカードによって行われるカードマジックにはタネや仕掛けは存在しない。あるのは優秀な手順と技術力だ。日本語においては、これを「タネ」と言うべきかもしれないが、これは「タネ」ではない。あくまでも技術だ。

日本ではカードマジックのやり方を解説する際に「タネあかし」という言葉を使う。しかし、そこに仕掛けがあるわけではなく、純粋な方法しかないのであれば、タネは明かせていないと思うのは屁理屈だろうか。私は海外のレクチャーノートなどに倣い、自分は「方法・やり方」を明かすと表現している。演技のプレゼンとして種明かしという言葉を使用するケースはあるが、それ以外でタネ明かしという言葉を使うことはない。

この辺の解釈は人それぞれではあるものの、私の中では「マジックのタネ」と「技法」はイコールとしづらい部分がある。

例えば、ポールハリス氏の「リセット」というマジックを考えた場合、あのマジックは8枚のカードのみを使い、当然レギュラーカードである。使われるのは技術であり、カード(道具)と技法(技術)により現象が成立し、そこにトーク(台詞)が加わることでマジックとして成り立つわけである。

構成要素において、マジックを成立させる上でもっとも重要な位置を占めているのは、私は技術と台詞と考えている。どんなに優秀な仕掛けを持った道具を持っていたとしても、そこに見せる技術や、マジックを盛り上げる話法なしではマジックは成立しない。

こんな事を書いていると、トランプマン氏はしゃべらないじゃないか、などという揚げ足も取られそうだが、これは話法と技術の構成比率が異なるだけで、話法を取り除くことによって、技術的な要素が大きくなるだけである。悪い言い方をするならば、逃げ道がない状態ともいえる。

安定し、高水準な技術はマジックにおいて必須であると、私は考えている。下手なマジシャンは練習すべきだ。練習はマジック単位だけではなく、個々の技術単位でも必要だろう。様々なマジシャンを見てきたが、ここ数年、私が見た中で気になったのは、プレゼンテーションや演技に比重が偏りすぎて、肝心の技術がおろそかなマジシャンがいることだ。

面白いものだが、演技がしっかりしているとマジックは演目に左右されず、成立してしまうケースが多い。これはエンターテイメントとしてのショーとしての成立を果たしているからだ。

しかし、同じ演技で技術が細部まできめ細やかであれば、これは120%の力を発揮するといえる。

だからこそ、私は技術を疎かにしないで欲しいと考えるわけである。

これは、難しい事をすべきだと言っているわけではない。カウントひとつにしても、カットやシャッフル、パームなどもそうだろう。自分の持っている技術が水準に達しているかどうか、これは改めるべき点だと、私は考える。

一つの技術を見直せば、それは、その技術を用いる全てのマジックを見直すことに繋がる。

私が長いブランクなどを経ても演技がマットウであるのは、このような技術に対する見直しを怠らないからであると、考えているのである。

マジックの構成要素はどれも必要不可欠である。しかし、それらは大きな基盤、すなわち技術という安定した土台の上にある、ということを再確認してほしい。