前回の基礎編をふまえ、応用編では具体的なジャンルと共にそのジャンルの持つメリット、デメリットなどを語っていきたいと思う。いくつかの具体例を用いるべきなのだが、良い例、悪い例、あげるときりがない。ここでは私的好例を知人の中からのみチョイスすることにしよう。障らぬ神に祟り無しである。

■映画のサウンドトラック
映画のサントラから曲を引っ張ってくるケースは非常に多い。私がここ一年間で最も多く接しているのはディズニー系の曲だろうか。他にも多くのケースがある。
これらが用いられる最大の理由は演技にあわせやすいという印象をマジシャンが持つからだと思う。これは、映画自体がマジックと同じようになんらかのシーンや意味合いを持ち、そこにあった音楽が使われているからである。ようは、演技・映像に合うようにすでに音楽が選ばれているのだ。

ムーディなマジック(解釈は様々だが)を行う際に、「美女と野獣」の”Beauty and beast”や「アラジン」の”A whole new world”などは合いやすい。そもそもが感動的なシーンに用いられている曲だけに抑揚もあり、演技が感動的なプレゼンテーションであれば雰囲気を盛り上げる効果をもっているだろう。

しかし、映画のサントラにおいてデメリットも同じ部分に存在している。

サントラの代表曲というのは、返せばその映画の代表曲ともいえる。つまり「曲=映画」のイメージが非常に強い。これは時にデメリットとなる。演技が映画本編に負けてしまう場合だ。

最近の映画。CMで多用されている。名作でも印象が強いもの。などはこの傾向が強く、これは時にマジックに大きな弊害をもたらす。つまり観客の持つ曲に対するイメージと実際に視覚で捉えているマジックの演技との落差が悪印象を与える場合だ。

前者のメリットと、後者のデメリットはご覧いただけるように同じ理由から派生しているもので、これは拭うことができない。これの回避方法はなく、しっかりとした演技をすることと、曲の持つイメージを理解した上で使用するしかない。

映画サントラで印象に残るのは、緒川集人の「ロケッティア」や「美女と野獣」だろうか、これらは曲のイメージを効果として利用する典型的な例だ。

逆にサントラだが、映画のイメージを利用しないケースだと、秋元正が7,8年前に行っていた演技。たしかロープマジックだったと思うが、これが分かりやすい。サントラを使用しているものの、メインの曲ではなく、劇中の1シーンで使用されているものだ。映画のタイトルも曲名も忘れているので、なんの参考にもならない。

サントラを取り入れやすいもう一つの理由が、音楽の情報を映画を見ることによって仕入れられることかもしれない。CDショップにいって、一枚ずつ視聴しなくても、日々見る映画の中で気になる音楽があれば、CDを購入する。これは今後音楽を導入したい人にとっては取り組みやすいかと思う。

さて、次に行こう

■新旧含め有名な曲
有名な曲というのは取り扱いが難しい。というのはリアルタイムで有名なのか、ちょっと昔で有名なのかでスタイルが変化するからだ。

これらのメリットとデメリットも相対している。映画と同様に曲自体の印象が強い。若干違うのは映画のサントラの場合、映像という付加価値がつくが、こちらの場合は曲に対する思い入れがつく。つまり思い出という名の映像だ。

例えば、自分にとっての思い出の曲があったとする。その思い出の曲をBGMにして物凄い3流の映画があったとしたら、私はその映画を見ないかもしれない。思い出の曲を汚されている気がするからだ。もしくは映画を見ながらも、その思い出が脳内にリフレインするかもしれない。どちらにせよ映画に対する弊害が発生することは間違いない。

しかし、これは全てに発生するわけではなく、その曲の鮮度によって変化する。また、演技とのマリアージュ(組合せ)がよければ、思い出を含め、効果が倍増するケースも多い。

知人の演技からピックアップするのであれば、秋元正氏の「メモリー」を使用したマイザーズミラクルなどは典型だろう。あれはストーリーラインと曲のイメージのマリアージュが成功している例だ。いまさら他の曲で見せられても、ピンと来ないかもしれない。

さらに掘り下げる

■他のマジシャンが使っている曲
禁断の手法である。願わくば同じテリトリー内で使用することは避けるべきだ。

しかし、使いやすい曲というのは存在していて、多くのマジシャンが同じ曲を使っているケースというのは多分にある。最近で考えると、Cirque du soleilの「Eclipse」が挙げられる。ステージマジシャンがステージやイリュージョンなどで用いているケースが多い。実際に流行ったのは4,5年前と記憶しているが、述べ10人くらいのマジシャンが使用しているのを見た気がする。この狭い業界で10人も見ればだいぶ多いかと。平成の「オリーブの首飾り」として認定しても差し支えないかもしれない。

ここで重要なのはマジシャンのイメージがついてしまっている曲は避けるべきだということだろうか。ここのところではそれほど強烈に曲にイメージが張り付いているマジシャンは少ないので、問題になることはないが、どんなに良い曲でもデビットカッパ−フィールドがテレビで使用した曲を使い難いと思うのは正常な思考だと思われる。その辺さえクリアすれば、あとは本人の気持ち次第である。

■日本語の曲
これまた難しい。理由はこれまでに書いたものに多く重なってくる。

日本語の最大の問題は、歌詞から受けるイメージが大きすぎるのである。また、日本人が演技する場合だと、台詞と曲の日本語がかぶってしまい、台詞がぼやけてしまう。というリスクをしょってしまい、危険度が増す。

実はこのリスクは本来存在しないリスクでもある。なぜなら海外のマジシャン、例えば英語圏のマジシャンは自分がマジックをする際に英語の曲をかけているのだから、同じ条件下といえる。

邦画などを見ても、劇中に日本語の曲をかけることはあるが、これも重なっていない。

しかし、日本人のマジックの場合、ここを意識するがあまりに、逆に際立ってしまっているのかもしれない。つまり改善方法はあるわけだ。

とはいうものの、私自身はこれまでにそのような演技にあったことはない。日本語の曲をかけて演技するケースは数多く見ているが、どうしても曲の持っているイメージが理解しやすい分、演技とのマリアージュを意識してします。大学の発表会などでアップテンポな曲だからといって、サザンオールスターズは如何なものか、などと私の耳は考えてしまうわけである。

しかし、曲のイメージを十二分に理解した上で、演技とかみ合わせることができれば。その効果は英語の曲よりも強くなるはずである。これは今後の研究課題ともいえるだろう。

とまあ、いくつかのケースについて考えてみた。参考になる部分、俺はそうは思わないよ、という部分もあるだろうが、参考にしてもらいたい。

次回は、活用編として、曲をどうやって探していくのか、私の方法を紹介していこうと思う。