月 18 11月 2002
目は口ほどにモノを言う。ということわざがあるが、マジックにおいては、「手は口ほどにモノを言う」となる。マジックにおける動きのいくつかは、実際には口で言えば済んでしまうことが多くあり、マジックをしない人から見ると、なぜそんな事をするのだろう。という気持ちになる事がある。
例えば、エルムズレイカウントなどで4枚のパケットを確認したり、ビドルグリップにもった表向きのジャックを1枚ずつ確認したり。これらはすべて、口で言えば2秒もかからず説明できてしまう。パケットを広げて「ここに1,2,3,4枚のカードがあります」で事が足りてしまうわけだ。
マジシャンの技術のいくつかは、この宿命を背負っている。ここをいかに解決するかがマジシャン個々の技量ではないかと考えている。技術そのものに問題があるものも中にはあるかもしれないが、大半は使用者の技量を問うものだと考えている。
さて、そんな技術だが、私が演技の際に特に気をつけているのが、現象と台詞のズレである。
通常、実際に行っている現象をそのまま台詞にしてしまうものを「ラジオマジック」と呼んでいる。つまり、目をつぶっていても、そのマジシャンが何をしているのかが分かる演技というものだ。
実際に典型的なラジオマジックの演技における台詞を抜粋してみよう。
ここに2枚のジャックがあります。それでは、こちらの残りのカードから1枚好きなカードを取って、見て覚えてください。覚えましたか、それではこちらに戻してください。
今から、この2枚のジャックがこのデックの中からあなたのカードを探してきたら不思議ではありませんか?それでは早速やってみましょう。1,2,3!
ご覧下さい、2枚のジャックが1枚のカードをはさんでいます。あなたの選んだカードはなんですか?ハートの9ですね。こちらがそのカードであることをご確認ください。ありがとうございました。
これは、某氏の演技をそのまま台詞だけ抜粋させていただいた。台詞の間などがあるものの、おおむね間違っていない。これを読んでいただくと、このマジシャンが何をしているのか、下手をするとどんな動きをしているのかまで想像がついてしまう。これがラジオマジックである。
この台詞には、わざわざ口で言わなくても観客がマジシャンとカードを見ているだけで分かることが多分に含まれている。こんどは同じ台詞の余計な部分を斜体で見せてみる。
ここに2枚のジャックがあります。それでは、こちらの残りのカードから1枚好きなカードを取って、見て覚えてください。覚えましたか、それではこちらに戻してください。
今から、この2枚のジャックがこのデックの中からあなたのカードを探してきたら不思議ではありませんか?それでは早速やってみましょう。1,2,3!
ご覧下さい、2枚のジャックが1枚のカードをはさんでいます。あなたの選んだカードはなんですか?ハートの9ですね。こちらがそのカードであることをご確認ください。ありがとうございました。
赤ペン先生みたいだ。文章を増やさないように添削したので多少無理があるが、ようは状況表現が非常に多いのである。ジャックが2枚なのは見ればわかるし、カードを探すのはジャックを出している以上はそれを使うのもわかる。2枚のジャックに1枚のカードが挟まっているのも、目が見えない以外はおそらく理解できるはずだ。極端な話でいうと、ジャックであると言わなくてもいいくらいである。
マジシャンが言葉で必要以上の情報を観客に与えることは、時にマジックの現象自体の希薄化を促す事がある。現象の希薄化というのは、言葉による情報の入手により発生する現象のもつインパクトや不思議さを打ち消してしまうということである。
マジックにおける言葉での情報伝達は非常に難しい。何も伝えなければ良いのかというと、必ずしもそういう訳ではない。現象のインパクトを増幅させるために、台詞を利用するケースだってある。
例えば、非常に不可能と思われる状況下でカードを当てるマジックがあったとする。この際に、何もいわずにカードを当てるよりも、そこに至るまでのシチュエーションを反芻し、以下にこのカードを当てることが難しいかを説明するほうが、観客にそのカード当てじたいの難易度が理解しやすく、不思議さが増す場合もある。
マジックにおける台詞。特に動作・現象に直結する台詞には限度と頻度のバランスが存在している。まったく現象に触れずに台詞を構築させる手法も一時期多かったが、結果として演技と台詞がまったくかみ合わず、観客に「?」を与えるだけという酷いものが後期出現した。
とはいえ、前出のラジオマジックのように目をつぶっても何をしているのかが分かってしまってはちょっとどうかと思う。私はリスペクトするクロースアップマジシャンは多いのだが、これまでに見てきたなかの若干のプロマジシャンは、このラジオマジックであった。私は彼らをリスペクトすることはできない。もしかしたら、世界初のラジオでマジックができるマジシャンになるかもしれないが。
NHKのかなり昔の世界のマジックショーで、誰の演技かは忘れたが、ステージマジシャンの演技でナレーションの人が演技の最中に「さあ、これからハトが出ますよ」という、するとハトがでる。こんなん見てて楽しいのか?と我が目を疑ってしまう。もしホラー映画で「ジェイソンが出るまで○秒前」とか左下にテロップ入ったら怖くないのと一緒である。
生の演技もこれらと同じである。マジックの起こす現象は神聖なもので、期待されているものである。マジシャンは観客のために、この期待感をそぐような行為はするべきではないのである。
またマジシャンはマジックという現象を起こす事を生業にするのである。だからこそ、台詞は最新の注意を払い、マジックに集中しやすい環境を作り出す道具であると認識すべきだ。