木 23 1月 2003
「落ち」というか、マジックのエンディングに関していくつかアイデアがふくらんでまとまりかけているので、暫くの間、「オチ」特集としてみる。
私のオチに対する考え方はいろいろな要素が複雑に絡み合っている。まあ、一括りの考え方で語れるほど、マジックにおけるオチは甘いものではない。こうして書いているなかでもこぼしてしまうテーマはあるだろうし、それを揚げ足にとられても困ったりもする。何でも例外というものはあるのだ。それは個々に潰していくしかないだろう。
さて、前章で私は「観客は予期しない結末だから驚ける」という書き方をしたが、これには当然のごとく例外が存在している。また例外といっても特例ではなく、普通にあるパターンである。
例えば、1組のカードを観客に渡して、良く切り混ぜてもらう。その中から1枚のカードをマジシャンにも見えないように取り出して覚えてもらい、そのカードを中に戻して、再び混ぜてもらう。この状態から観客のカードをマジシャンが当てるというマジックがあったとしよう。
このマジックのポイントは観客がよりカード当てが不可能な状況だと思えれば思えるほど、そのカードが当たったときに驚けるわけだ。しかし、これは予期せぬ結末ではない。しかし観客は興奮する。この結末こそ「期待した結末」というものだ。
観客はマジシャンの演技の流れのなかで、最後に、これはこうなるんだよな、と考えてしまうことがある。これはマジシャンの演技において、それを意識させるように仕向けているケースを指しているのだが、観客はそうは感じていても、それが最後にそうなるとは、どう考えても納得できない、不思議なことである、と感じる。
つまり、こうなると「予期」するものの、そうなるはずがないと感じ、しかし、そのエンディングを「期待」しているという流れだ。ある意味で予想した結末ではあるのだが、そうはならないという否定を含んでいるが結え、観客の頭の中では「できない」と思ったものが「できた」のだから、これは観客の想像を越えた結果という認識ができる。
よくマジックをなじみの人に見せていたり、マジック愛好家に見せると言われる感想が、
「さいかさん、ずるい」
「さいかさん、ひきょうだ」
「これだからマジシャンは信用ならねえ」
「詐欺だ、詐欺」
「納得いかねえ」
などと言われる事がある。かく言う私もそういう感嘆をあげる時がある。
これらは、一種の賞賛であると私は考えている。つまり、自分の認識に多大な誤差を生む結果に対して、一般の人は「すごい」「ふしぎ」「なんで?」などの言葉を用いるのだが、これが一般ではない人の場合、上記のような言葉を使うのではないか、と考えている。
話が逸れた。
一方で、期待した結末に似ているがまったく異なるのが「予想通りの結末」である。これは同じ結果でも観客の得る印象はまったく違うものだ。
人間の心理というのはこの紙一重で大きく異なってくる。「あー、やっぱりね」という言葉ですら、予想通りの結末に飽きれる意味もあれば、予想はしていたが、なるとは思っていなかった出来事に皮肉まじりに出ることもある。
マジックの全ては予期せぬ結果にすることは難しい。だから、予想できる結果も、観客がそうなると凄いなという期待感を持つような演技にしなければならないのではないだろうか。