日 15 3月 1998
実際の話、ライブの前日というのは結構あたふたする。
ましてや、リハーサルの10分前なんて言ったら、何が出きるのやらという感じ。
そんな最中でコンピューター取り出してインターネットなんてのは、ほぼ不可能。
そんなわけで、今日は何だかんだといいながら、ライブに終始一貫した一日だった。
私はライブに入るとモードが切り替わる。どう変わるかというと
こわいサイカさん
↓
ライブに突入
↓
もっとこわいサイカさん
って感じだ。
もう何人たりとも俺の回りには近づけないゼ!ウケケケケケケ。ってな感じになる。
・・・これだと、こわいサイカというよりも、やばやばだ。
でも、本当に怖い・・・というか動けない奴が回りにいると、
右上段回し蹴りをきゃつらの左側頭葉に叩き込んでやりたくなる。
チーフAD「おい、このデジカメ回すから、どっから電源引っ張ってこい。延長これな」
手伝いAD「はーい。わかりましたぁ」
チーフADは立ち去って行く。
彼らの位置は臨時のPAブースのすぐ近くで、私も近くにいた。
ライブのときには私の五感は触覚と味覚が閉鎖されて、
聴覚と視覚に全精力が傾けられる・・・らしい。
決して、意識して聞いていたわけじゃないんだが、
彼らのやり取りは頭の中に入っていた。
手伝いADは、PAブースにのこのこと上がって来た。
私の作業場である、準備中である。
邪魔もいいところであり、本来であれば怒鳴り散らすところ。
まあ、手伝いADなので多少のことは目をつむろう。
するとADは、電源タップの当たりを漁りだした。
残念な事に電源コンセントは余らせないで使うのが趣味なので、
当然の事ながら一つも開いていない。
ちなみに、仮にその場で見つかったとしても、差し込んだ瞬間に
アンディ・フグばりの壮絶な踵落とし
が炸裂していたであろう。
彼は電源がないとみると反対側に行った。逆側には照明屋がいる。
残念な事に開いているコンセントはない。
そもそも、設置しようとしている場所がホールのちょうど中心地で、
電源確保は困難な場所なのである。
手伝いAD君は、少しの間ウロウロしていたが、
なんと最後には
延長コードを持ったまま
立ち止まって黙りこんでしまった。
この間、私は一度も声をかけられていない。
彼にしてみれば、
「僕は手伝いなのだから困っているの見えるでしょ?声かけてください。」
と見せたかったのかもしれないが・・・
やなこった
パンナコッタの遠い親戚(嘘)
としか思わなかった。
自業自得もいいところである。頼まれた仕事を処理する為に、
言葉を口に出す事が出来ず、しかも何らしかの形で仕事を遂行する事もせず、
ただ救いの手が差し伸べられるのを待っているなんてのはいるだけ邪魔だ。
声をかけるまで、一番隅っこでじーっとしていてほしい。ましてや手伝いヅラなんてして欲しくない。
邪魔だけど、来てもらったからしょうがなく手伝ってもらったとなってしまう。
本当はそんな事、言いたくない。
けど、一握りの自分の意志を持たない手伝いほどうっとおしい者もいない。
いちいち、すべての動作を指定しなければ動けないなんて、まるで人工無能だ。
そういった人は、みんなが動いていると傍観するように立ちすくんでいる。
自分の視界の中で、自分より偉い人が、
自分でも出来そうな簡単な仕事をしていても、
決して、その役割を変わろうとはしない。
何故なら・・・指示されていないからだ。
人間は成長して行く。
手伝う為には積極的にならなければいけないという事に気付くのは簡単そうで難しい。
芸事の世界では、この積極性が目立つ事を産み、日々の練習が思いがけないチャンスを生み出す。
今回のライブで司会をお願いした若手お笑いコンビも、その一種だ。
プロデューサーからのキャスティングではあったが、一層の練習は必要なもの、
これからに期待したい。今回は進行役として70点位だった。
ライブステージの撤去作業をしているときに、
パテーションを外していた私に、司会役の一人が
「Sさん、私が変わりますよ。」と言ってきた。
彼にその場を受け渡し、その場を離れ、タバコを手に取る。
司会役の彼がパテーションを運んでいるときに、
それを遠巻きにしてみている1年目のど素人新人お笑い人の手伝い数名を見ながら、
こいつらが、それに気付くのにはあと何年かかるのだろう
と思いながらタバコに火を付けるのであった。