日 21 2月 1999
町をブラついたのち、夕方から大会にゲストとして呼ばれていたアメリカのマジシャン、チャックフェインのレクチャーに参加する。チャックは数年前の来日の時も私は見ていて、そのときも仲良くしていただいた。今回も、非常に充実したレクチャーでひとしきり満足。
レクチャー後、全日程を終了して明日帰国するチャックを労って、打ち上げなどへ行く。結局、チャックがいる間は、終始チャックの前に座って、彼の言葉や意見などを聞きつづけた。
こういうときに、英語が多少判るというのは、とても、有難い。マジックの理論や考え方などの難しい話は、
ニュアンスが非常に微妙なのである。通訳しているのもマジシャンではあるが、その通訳者のマジックの技量は少なからず英語に影響を与える。チャックの言葉を100%、それを聞いている人に伝えるためには、直訳しかないのだが、直訳するためには、十二分なマジックへの理解力がなければ余計な知識を挟んでしまう可能性があるわけである。
特に理論に関する話というのは、マジックに限ったことではないのだが微細なニュアンスに比重が高くなる傾向がある。
It is not good, but better…話の大半は、まさにこんな感じである。
goodではないが、betterではある。これに代表されるように微妙なニュアンスが沢山出てくる。これはマジックの理論に関して、その取り扱いが凄くナイーブである事を示しているのだが、通訳者がその辺までをしっかりと認識して話してくれているかというと、非常に難しい。
理論形態の会話は、より影響力の高いマジシャンが話せば話すほど、その影響力は高くなっていく。
「あの人が言ったから、そうに違いない」
「この人がこう言ったから、今までのはNOなんだ」
とかとか、とかくマジックを始めた頃は自分で思考することを拒否する傾向がある。言われるがまま、時にはそれも必要だろう。ただ、そういうマジシャンに考えて欲しいこともある。自分で思考するという努力。
全てを受け入れることはとても大事なのである。これは、こういうものだから。それを何の疑問をもたずに受け入れるのは、簡単そうで難しい。しかし、思考することを放棄していれば簡単に受け入れられるだろう。それでも、願わくば体に本当の意味で取り込むためには、思考することが大切であることを忘れないで欲しい。
これは、こういうものだから。だから、そうしましょう。でも、何故そうなのかを、しっかりと認識する作業を行うこと。これをしなければ、人は成長すれど取り込みに時間がかかるのではなかろうか?疑問に思うのなら質問をぶつければいいと思うし、そうやって本当に理解して取り込んだことがどれだけの武器になるのか、もちろん、反論とか、不平を言えというわけではななく、受け入れるための思考の結果、何かひっかかるものがあるなら、聞くべきではなかろうか、と。
ワタシは今までそうしてきたと思いますわ。
聞いた結果、「今は理由ではなく、そう覚えなさい」といわれれば、それは、そういう事として認識できるでしょうに。鵜呑みは好きじゃありません。でも、時には鵜呑みも必要。
結局、何が言いたかったんでしょうか?わはは
んで、チャックの理論をつぶさに記憶していく。(唐突ですねぃ)いろいろと心に残ることが多かった。これは、絶対に私の今後に大いに役立つのでしょう。