月 9 4月 2007
最近のテーマとはいわないが、マジックにおける、テクニックを前面にしたマジックと、いわゆるギミックのマジックに関して考察をしている。考察とは何かといえば、ようは「彼はテクニックを駆使したマジシャンだ」という評価は、何をもってなされるのか、という話。
そのマジシャンがテクニックだけで見せているのか、ギミックを用いているのかの判断は一般の人にはつかない。彼らがそれを判断するのはマジシャンのプレゼンテーションや、自分の常識の判断において、提示されている情報のなかから推察している憶測にすぎない。
多くの「彼はテクニック〜」という評価は、マジシャンがマジシャンを評価する際に使用される言葉であり、実は褒め言葉でも何でもない。行っているマジックがテクニカルなのか、ギミックなのかを指摘しているだけで、私の考えでいえば、それはクロースアップマジックなのか、ステージマジックなのかを指している程度の言葉にしか過ぎないんじゃないかということである
なぜ、そのような考えになるのかといえば、テクニックなのか、そうではないのかというのは、あくまでもマジシャン側の尺度でしかなく、最終的には観客にとって、「面白い」か、「面白くない」かの判断には、あまり関係がないということだ。テクニックだけでやれば面白くなるというわけでもない、その逆もまたしかり。
究極的な話だが、ギミックを多用してもトランプ1組で見せていればテクニックのように見せる事もできる。逆に、非常に怪しい箱や仕掛けをもってきて、それをノーギミックで全てテクニックで見せても、観客には何か仕掛けのある道具ではないかと見せる事ができる。いや、正確には観客がそう判断することもできる。
つまりテクニックとはショーにおいて提示することと、ショーそのものをテクニックだけでやることは、実はイコールではないということ。それは演出の段階でいかようにも調整がきくというのが答えではないかと思う。
マジックショーにおけるマジックのチョイスはテクニックか否かではなく、最終的には演出でどちらに倒す事もできることを考えると、選ぶ条件においてテクニックかどうかはあまり関係がなく、それは演技上の都合だけで判断するのが適切ではないかと考えるわけである。
