木 23 1月 2003
マジックの大会でお会いした方の何人かに、このサイトで書かれていることをまめに読んで参考にしていただいているというお話をお伺いした。非常にありがたい事である。書き手冥利に尽きるとはこのことであろうか。
今回は、その大会で感じたある事に関して触れたいと思う。
私にとって、5分にも満たない一つのマジックと30分のマジックショーの考え方は同じである。30分のショーに起承転結があるように、1つのマジックにも起承転結は存在している。30分のショーに複数のマジックが含まれている場合、ココのマジックに必ずしも派手でインパクトのある「結」があるわけではない。それはやる演目の違いだけでなく、意図的にエンディングを控えめにするなどの配慮がある。
これは自分のマジックを終えた時点での観客の満足は、それが1個のマジックでも30分のマジックショーでも同等であるべきと考えているからだ。無論、これは私の理想論であって、私が日々行っているマジックがそのようになっているという解釈ではない。あくまでも理想として日々心がけていると知っておいて欲しい。
起承転結というと、何か物語を想定してしまうが、より演技に落としやすい言葉を使うのならば、それは「抑揚」となるだろう。抑揚の意味を大辞林第二版で紐解くと、
よくよう ―やう 【抑揚】
音声や音楽・文章などの調子を上げたり下げたり、また強めたり弱めたりすること。また、その調子。イントネーション。
となっている。
マジックの演技は抑揚を必要としている。無論、淡々とした演技があっている演目もあるが、そうではないものもある。具体的な例をあげるとするならば、ワンコインルーティンなどはその代表的な例だろう。
ワンコインルーティンは最大公約数で説明すれば、1枚のコインが消えたり、出たりする現象をひたすらに繰り返すマジックである。言うならばサーストンの3原則「同じマジックを見せない」に抵触するのではと思う部分もなくはない。まあ、これを言い始めると昨今のマジックのいくつかは引っかかってしまうのだが。
多くのマジシャンのワンコインルーティンは、コインの消失に変化を求めるために、その消失方法を変えている。左手に持っているコインを右手に移して消したり、もしくは片手で持っている状態で消したり。これは改善方法の一つと言えるだろう。
しかし、コインの消し方は、ただやり方を変えるだけでは、あまり効果がない。なぜなら、消し方の違いを理解できるのはマジシャンだからであり、一般から見ればすべては同じようにコインが消失しているに他ならないからだ。
優秀なコインルーティンのいくつかを考えてみると、その手順には巧妙な意図が隠されているケースが多い。一回目の消失を見て、観客がその方法に疑問視する考えをもったとして、2回目の消失はその疑問を打ち消す方法で消失させる。また、出現にしても、観客が意図しない場所から出たり。
1枚のコインが、最後は大きなコインに変わるのも、観客の創造しない結末だからこそ面白いのである。あれはコインが大きくなるから不思議なのではない。観客が想像していない現象だから受けるのではないか、と私は考えている。
さて、問題の抑揚だが、私はこれを台詞と動き、両方に取り入れるように心がけている。つまり演技事全体が同じペースなのではなく、速いテンポで展開することもあれば、逆にゆっくり、じっくりと見せるタームもある。こうすることによって、観客の緊張感や感情をコントロールし、エンディングに向け最適な精神状況を作り上げる、というわけだ。
私の抑揚に対する考え方を最も具現化しているのが、私のアンビシャスカードのルーティンである。
私はアンビシャスカードのルーティンはスローパートとファーストパートが存在している。中盤の現象は非常に早い口調で、手元も観客が起きている現象を理解できるギリギリの早さで行う。観客から見ているとアレヨアレヨという間に現象が起き、一瞬あせる。その後、そのスピードからぐっと落としたスピードで一度だけ現象を発生させたあと、普通のスピードに戻る。
スピードの緩急は観客に同じ現象でも新鮮さを与えることができる。ステージマジックにおけるミリオンカードなども、その緩急によって観客に与える印象が違うのと同じ事である。
台詞の強弱も同様。声を強める部分、逆に弱める部分など抑揚を効果的に使うことで、観客に一定のリズムを与えず、緊張感と高揚感を与えることができるのである。
この辺の考え方はアクション映画やホラー映画の手法に似ている。動きやカット割、音楽の抑揚によりシーンに対して躍動感や恐怖感を高めるというのは、マジック以外では普通に行われている事だ。
抑揚をマスターすると、マジシャンの腕は飛躍的に向上したように見える。あくまでもこれがマジックをより効果的に見せる調味料であるので、肝心のマジックが下手であれば、あまり意味は成さない。
