3月 2007
Monthly Archive
水 28 3月 2007
午後のmeetingはドタる。まあ結局ドタドタしていて、予定より30分以上遅れて事務所を出発。
五反田でTDAのキャプテンミーティングに出席。4期前に参戦しはじめたハードダーツのリーグも順調に昇格していって、今期はD divisionになり、曜日も月曜日から火曜日に移動。確実に手強くなっていくなあ、しかし、チームも地力がついてきたし、充分戦えるはず。
で、CPへ移動。こっちもミーティングでJさんと暫し。右上のスケジュールも更新しましたが、4月から東京は東日本橋にあるダーツ&ビリヤードバー「DUKE」で、マジックショーを見せることになりました。一応、第2、第4木曜日ということで。遊べるものもいろいろある複合アミューズメントバーなので、それの一端をということで。横浜とはまた違う毛色のショーを構成する予定。
で、ポーカーは2ndから。
2nd No limit Texas Hold’em / 5th (bubble) 20-35
3rd No limit Texas Hold’em / 1st 50-75
4月7日の決勝までに参加できるトーナメント数に限りがあるので、最終確認モードへ。ナニを確認しているかは内緒。全体を通じて、ポケットはなく、AKはくるけど、ショーダウンすると負ける展開。よって変な手で序盤はリードしたり。
BBのT坂さんがShort All inで、Earlyから1名、自分がmiddleでQ3oで参加。Lateに1名でSBもコールして、Side potアリでフロップへ。
3 6 Q
でセット2ペア。サイド取りに行くか悩んだけど、多少のチップ量もあったので、スロープレイで良いと判断してチェック、そのままチェックアラウンド。
7
チェックで回っていたところ、残り34点のSBがベット9点。サイドを取りに来たんだと思うんだけど、本命は45でストレート。2番手が37とか67のツーペア。Qヒットしてたら、フロップベットするタイプのプレイヤーだし、7ポケットだったら、プリフロップの動きが違う。サイドポットが手持ちのチップの50%くらいに相当するし、サイドを取りに来たとしては中途半端なプレイなんだよな、おそらく現状ナッツ、つまりストレートでポットを膨らましにきたというのが妥当な線。
プレイ後に話したけど、もしオールインされていたら降りてた。ストレートなら現時点負けだし、8%を引きにいくリスクは負えない。でも9点だと、サイドプラス、メインポッドでodds & outがあっちゃうんだな、これが。私以外は全員降りて、1 All in 2 activeで
Q
Qフルハウス完成。フラッシュドローも確認した上で、25点ベットでオールイン要求。相手がスムーズにコールしたので、その時点でストレートが判明(実際ストレートでした)、サイドポット獲得。BBはなんと6ポケで、6フル。かんりギリギリの戦いでした。
ゲームとしてのターニングポイントは、フロップの自分のチェック、それとターンのSBの「9点」ベット。どちらも違うプレイをすると全然違う結果になってるはず。だからどうしたというわけじゃないけどね。飛び込む勇気と飛び込まない勇気。実際には参加者のチップも見ながら判断しないとダメなわけですよ。
最後はJさんのオールインにAKで飛び込み。10c5cだったんだけど、フロップでセットフラッシュ。おつかれさまでしたん。
しかし、カードガード使わないほうが調子がいいなあwww
3rdのミニト−は入賞コインが1位6枚、2位3枚、3位1枚、4位2枚というダブルバブル。正直優勝決まる時よりも、4位決める戦いのほうが熱かった。こちらも手堅く優勝。学んだことはchange the gearってとこ。
月 26 3月 2007
渋谷のDuo(昔のOn Air East)でMasaki UedaさんのPrivate Liveのお手伝い。
お手伝いといっても、ステージじゃなくてエントランスですけどね(笑)
ほーみたいっ!おおさーかーべいぶるーすの人ですが、いまなおR&Bシンガーとしては現役バリバリ。年を重ねてかなり痺れる歌を聞かせてくれます。今回は広い箱なのにかなり少ない人数で、なんかBlue Note貸切みたいな感じ。かなり良い雰囲気でした。ま、エントランスにいましたが。
終わった後は、バックメンバーやらMasakiさんやら事務所の方、残った数名のお客様とそのまま打ち上げ。しかも、場所もそのまま。スクーターだったので、アルコールはダメなのでウーロン茶でてっぺん過ぎまで。なかなか濃厚な時間でした。なんか、違う方向に盛り上がって、コラボイベントやりましょうよとか、そんな話も。
水 21 3月 2007
20日のことだが、戦場カメラマンでライターの鴨志田穣氏が腎臓ガンで亡くなった。42歳。
漫画家西原理恵子の旦那さんで、2003年に離婚したが、その後復縁。大半の人は西原先生の漫画に登場した鴨志田氏で知り、その後に西原先生のイラストと共に出された「アジアパー伝」で、彼の文章を見ることになる。
もともと西原先生の(うろ覚えだけど)「鳥頭紀行」にカメラマンとして登場するのでが、気がついたら毎回でていて、そのうち結婚してた。で、さらに気がついたら離婚していて、そのうち復縁してた。漫画や鴨志田氏のエッセイからも見てとれたけど、この2人は本当に他にあうことのない2ピースのパズルだったんじゃないかと。
鴨志田氏の文章は、最初はかなり稚拙な文章だった。けど、戦場をとりまく人々の情景描写はすばらしく、これは重ねればどんどん良くなっていくんじゃないかと思ったり。実際、本を出すたびに、彼の文章は良い意味で磨かれていった。地球上から「戦場」がなくなったって、これがあれば生きていけそうなくらい。
また、鴨志田氏の書いた「アジアパー伝」には、2004年5月27日、イラク戦争取材中にバグダッド付近マハムディヤで襲撃され殺害された戦場カメラマン、橋田信介氏も登場する。これも2004年当時、凄い印象にのこったできごとだった。
最後の本になった「酔いがさめたら、うちに帰ろう。」は印象深い一冊。是非読んでもらいたい。
鴨志田氏は、表面だけでみれば駄目人間で、人生のあらすじを聞いても、なんかとんでもない人にしか見えないけど、リリーフランキーさんが「酔いが〜」の帯に書いたコメント「あなたはなんだかんだ言って幸せな人間です」に同感。requiescat in pace
火 20 3月 2007
都内でははじめて、レギュラーの仕事を受けることにしました。
フリーになってからはということで。その前はさすがにありますからね。
なんで都内でやらなかったかというと、色々面倒くさいというのが理由でして、
もうだいぶその辺もクリアっていうか、どうでもよくなったので、
諸々の理由がありまして、解禁です。
場所、日程などはまだ微調整中ですが、大変お安い値段で、そこそこ本気なマジックをお見せいたしますので、興味のある方は是非、足を運んでいただければ幸いです、かしこ。
いや、だから場所がまだ書けないんだっ!あらためて月内にはご報告予定。
今月、ダーツをするためにダーツバーにいってなかったんだけど、久しぶりにダーツのためにダーツバーへ。ソフトダーツは今月2回目だっけかな?店長やら、他のお客さんと4メドくらい。やっぱり駄目だ。ダーツがでんでn飛ばないようぅぅぅ。
とはいえ、明日は仕事で、そのあとはお約束のようにP。
月 19 3月 2007
すいません、本題に何の関係もなく前日比-0.2kg
mixiに書いていましたが、F1オーストラリアGPは予想通り面白いレースになりました。内容はフェラーリに移籍したライコネンの独壇場だったんだけど、今年のオーダーを占う意味でも大事な一戦でしたな。
ここんとこお疲れモードで、いまいちテンションが上がりきらないまま毎日を過ごしております。最大の原因は寒さ。2月のほうが暖かかったじゃん!バイク乗るのが異常に厳しい感じです。事務所近くの桜はもうちょい。満開は来週くらいかな。今年は昨年よりも枝が伸び伸びなので、かなりやばい感じになりそうです。要カメラ
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